のない児戯《じぎ》であった。彼はそれがために位地《いち》にありつく事はできた。けれども人間の経験としては滑稽《こっけい》の意味以外に通用しない、ただ自分にだけ真面目《まじめ》な、行動に過ぎなかった。
要するに人世に対して彼の有する最近の知識感情はことごとく鼓膜の働らきから来ている。森本に始まって松本に終る幾席《いくせき》かの長話は、最初広く薄く彼を動かしつつ漸々《ぜんぜん》深く狭く彼を動かすに至って突如としてやんだ。けれども彼はついにその中に這入《はい》れなかったのである。そこが彼に物足らないところで、同時に彼の仕合せなところである。彼は物足らない意味で蛇《へび》の頭を呪《のろ》い、仕合せな意味で蛇の頭を祝した。そうして、大きな空を仰いで、彼の前に突如としてやんだように見えるこの劇が、これから先どう永久に流転《るてん》して行くだろうかを考えた。
底本:「夏目漱石全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年3月29日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
1971(昭和46)年4月から1972(昭和47)年1月
※疑問箇所は、新潮文庫、角川文庫の両方で確認できたもののみを修正し、注記した。
入力:柴田卓治
校正:伊藤時也
1999年9月18日公開
2004年2月27日修正
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