戸作《こうしどづく》りの家《うち》があって、時々表へ女記者一名、女コック一名至急入用などという広告を黒板《ボールド》へ書いて出す。そこへある時二十七八の美くしい女が、襞《ひだ》を取った紺綾《こんあや》の長いマントをすぽりと被《かぶ》って、まるで西洋の看護婦という服装《なり》をして来て職業の周旋を頼んだ。それが其家《そこ》の主人の昔《むか》し書生をしていた家の御嬢さんなので、主人はもちろん妻君も驚ろいたという話がある。次に背中合せの裏通りへ出ると、白髪頭《しらがあたま》で廿《はたち》ぐらいの妻君を持った高利貸がいる。人の評判では借金の抵当《かた》に取った女房だそうである。その隣りの博奕打《ばくちうち》が、大勢同類を寄せて、互に血眼《ちまなこ》を擦《こす》り合っている最中に、ねんね子で赤ん坊を負《おぶ》ったかみさんが、勝負で夢中になっている亭主を迎《むかえ》に来る事がある。かみさんが泣きながらどうかいっしょに帰ってくれというと、亭主は帰るには帰るが、もう一時間ほどして負けたものを取り返してから帰るという。するとかみさんはそんな意地を張れば張るほど負けるだけだから、是非今帰ってくれと縋《すが
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