であった。彼は須永のように地面家作の所有主でない代りに、国に少し田地《でんじ》を有《も》っていた。固《もと》より大した穀高《こくだか》になるというほどのものでもないが、俵《ひょう》がいくらというきまった金に毎年替えられるので、二十や三十の下宿代に窮する身分ではなかった。その上女親の甘いのにつけ込んで、自分で自分の身を喰うような臨時費を請求した事も今までに一度や二度ではなかった。だから位地位地と云って騒ぐのが、全くの空騒《からさわぎ》でないにしても、郷党だの朋友《ほうゆう》だのまたは自分だのに対する虚栄心に煽《あお》られている事はたしかであった。そんなら学校にいるうちもっと勉強して好い成績でも取っておきそうなものだのに、そこが浪漫家《ロマンか》だけあって、学課はなるべく怠けよう怠けようと心がけて通して来た結果、すこぶる鮮《あざ》やかならぬ及第をしてしまったのである。

        四

 それで約一時間ほど須永《すなが》と話す間にも、敬太郎《けいたろう》は位地とか衣食とかいう苦しい問題を自分と進んで持ち出しておきながら、やっぱり先刻《さっき》見た後姿《うしろすがた》の女の事が気に掛っ
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