けれどもその断片は輪廓《りんかく》と表面から成る極《きわ》めて浅いものであった。したがって罪のない面白味を、野性の好奇心に充《み》ちた彼の頭に吹き込んだだけである。けれども彼の頭の中の隙間《すきま》が、瓦斯《ガス》に似た冒険|譚《だん》で膨脹《ぼうちょう》した奥に、彼は人間としての森本の面影《おもかげ》を、夢現《ゆめうつつ》のごとく見る事を得た。そうして同じく人間としての彼に、知識以外の同情と反感を与えた。
 彼は田口と云う実際家の口を通して、彼が社会をいかに眺《なが》めているかを少し知った。同時に高等遊民と自称する松本という男からその人生観の一部を聞かされた。彼は親しい社会的関係によって繋《つな》がれていながら、まるで毛色の異《こと》なったこの二人の対照を胸に据《す》えて、幾分か己《おの》れの世間的経験が広くなったような心持がした。けれどもその経験はただ広く面積の上において延びるだけで、深さはさほど増したとも思えなかった。
 彼は千代子という女性《にょしょう》の口を通して幼児の死を聞いた。千代子によって叙《じょ》せられた「死」は、彼が世間並に想像したものと違って、美くしい画《え》を見
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