気《うわき》になって行きます。賞《ほ》めて下さい。月の差す二階の客は、神戸から遊びに来たとかで、僕の厭《いや》な東京語ばかり使って、折々詩吟などをやります。その中に艶《なま》めかしい女の声も交《まじ》っていましたが、二三十分前から急におとなしくなりました。下女に聞いたらもう神戸へ帰ったのだそうです。夜もだいぶ更《ふ》けましたから、僕も休みます」

        十二

「昨夕《ゆうべ》も手紙を書きましたが、今日もまた今朝《こんちょう》以来の出来事を御報知します。こう続けて叔父さんにばかり手紙を上げたら、叔父さんはきっと皮肉な薄笑いをして、あいつどこへも文《ふみ》をやる所がないものだから、已《やむ》を得ず姉と己《おれ》に対してだけ、時間を費《つい》やして音信《たより》を怠《おこた》らないんだと、腹の中で云うでしょう。僕も筆を執《と》りながら、ちょっとそう云う考えを起しました。しかし僕にもしそんな愛人ができたら、叔父さんはたとい僕から手紙を貰《もら》わないでも、喜こんで下さるでしょう。僕も叔父さんに音信を怠っても、その方が幸福だと思います。実は今朝起きて二階へ上《あが》って海を見下《みお
前へ 次へ
全462ページ中453ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング