て向かないのである。僕は本来から気の移りやすくでき上った、極《きわ》めて安価な批評をすれば、生れついての浮気《うわき》ものに過ぎない。僕の心は絶えず外に向って流れている。だから外部の刺戟《しげき》しだいでどうにでもなる。と云っただけではよく腑《ふ》に落ちないかも知れないが、市蔵は在来の社会を教育するために生れた男で、僕は通俗な世間から教育されに出た人間なのである。僕がこのくらい好い年をしながら、まだ大変若いところがあるのに引き更《か》えて、市蔵は高等学校時代からすでに老成していた。彼は社会を考える種に使うけれども、僕は社会の考えにこっちから乗り移って行くだけである。そこに彼の長所があり、かねて彼の不幸が潜《ひそ》んでいる。そこに僕の短所があり、また僕の幸福が宿っている。僕は茶の湯をやれば静かな心持になり、骨董《こっとう》を捻《ひね》くれば寂《さ》びた心持になる。そのほか寄席《よせ》、芝居、相撲《すもう》、すべてその時々の心持になれる。その結果あまり眼前の事物に心を奪われ過ぎるので、自然に己《おのれ》なき空疎な感に打たれざるを得ない。だからこんな超然生活を営んで強いて自我を押し立てようと
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