なかった。「御前に対して」と半《なか》ば彼女を促《うな》がすように問をかけた。彼女は突然物を衝《つ》き破った風に、「なぜ嫉妬《しっと》なさるんです」と云い切って、前よりは劇《はげ》しく泣き出した。僕はさっと血が顔に上《のぼ》る時の熱《ほて》りを両方の頬《ほお》に感じた。彼女はほとんどそれを注意しないかのごとくに見えた。
「あなたは卑怯《ひきょう》です、徳義的に卑怯です。あたしが叔母さんとあなたを鎌倉へ招待した料簡《りょうけん》さえあなたはすでに疑《うたぐ》っていらっしゃる。それがすでに卑怯です。が、それは問題じゃありません。あなたは他《ひと》の招待に応じておきながら、なぜ平生《ふだん》のように愉快にして下さる事ができないんです。あたしはあなたを招待したために恥を掻《か》いたも同じ事です。あなたはあたしの宅《うち》の客に侮辱を与えた結果、あたしにも侮辱を与えています」
「侮辱を与えた覚はない」
「あります。言葉や仕打はどうでも構わないんです。あなたの態度が侮辱を与えているんです。態度が与えていないでも、あなたの心が与えているんです」
「そんな立ち入った批評を受ける義務は僕にないよ」
「男
前へ
次へ
全462ページ中410ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング