けれども気が咎《とが》めると云うのか、自尊心が許さないと云うのか、振り向こうとするごとに、首が猪《いのしし》のように堅くなって後へ回らなかったのである。
 見ると二人の姿はまだ一町ほど下にあった。そうしてそのすぐ後に高木と吾一が続いていた。叔父が遠慮のない大きな声を出して、おおいと呼んだ時、姉妹は同時に僕らを見上げたが、千代子はすぐ後にいる高木の方を向いた。すると高木は被《かぶ》っていた麦藁帽《むぎわらぼう》を右の手に取って、僕らを目当にしきりに振って見せた。けれども四人のうちで声を出して叔父に応じたのはただ吾一だけであった。彼はまた学校で号令の稽古《けいこ》でもしたものと見えて、海と崖《がけ》に反響するような答と共に両手を一度に頭の上に差し上げた。
 叔父と僕は崖の鼻に立って彼らの近寄るのを待った。彼らは叔父に呼ばれた後《のち》も呼ばれない前と同じ遅い歩調で、何か話しながら上《あが》って来た。僕にはそれが尋常でなくって、大いにふざけているように見えた。高木は茶色のだぶだぶした外套《がいとう》のようなものを着て時々|隠袋《ポッケット》へ手を入れた。この暑いのにまさか外套は着られまいと思
前へ 次へ
全462ページ中352ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング