魚を掬《すく》って帰ったら、その晩から蚊帳が急に腥《なまぐ》さくなって困った。――すべてこれらは森本のいわゆる呑気生活の一部分であった。
 彼はまた山であらゆる茸《たけ》を採《と》って食ったそうである。ます茸《だけ》というのは広葢《ひろぶた》ほどの大きさで、切って味噌汁《みそしる》の中へ入れて煮るとまるで蒲鉾《かまぼこ》のようだとか、月見茸《つきみだけ》というのは一抱《ひとかかえ》もあるけれども、これは残念だが食えないとか、鼠茸《ねずみだけ》というのは三つ葉の根のようで可愛《かわい》らしいとか、なかなか精《くわ》しい説明をした。大きな笠《かさ》の中へ、野葡萄《のぶどう》をいっぱい採って来て、そればかり貪《むさ》ぼっていたものだから、しまいに舌《した》が荒れて、飯が食えなくなって困ったという話もついでにつけ加えた。
 食う話ばかりかと思うと、また一週間絶食をしたという悲酸《ひさん》な物語もあった。それはみんなの糧《かて》が尽きたので、人足が村まで米を取りに行った留守中に大変な豪雨があった時の事である。元々村へ出るには、沢辺《さわべ》まで降りて、沢伝いに里へ下るのだから、俄雨《にわかあめ》
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