がかかるのも厭《いと》わず平気でやっていたが、しだいに僕の好奇心を挑発《ちょうはつ》するような返事や質問が千代子の口から出て来るので、僕は曲《こご》んだまま、おいちょいとそれを御貸《おかし》と声をかけて左手を真直《まっすぐ》に千代子の方へ差し伸べた。千代子は笑いながら否々《いやいや》をして見せた。僕はさらに姿勢を正しくして、受話器を彼女の手から奪おうとした。彼女はけっしてそれを離さなかった。取ろうとする取らせまいとする争が二人の間に起った時、彼女は手早く電話を切った。そうして大きな声をあげて笑い出した。――
十一
こういう光景がもし今より一年前に起ったならと僕はその後《ご》何遍もくり返しくり返し思った。そう思うたびに、もう遅過ぎる、時機はすでに去ったと運命から宣告されるような気がした。今からでもこういう光景を二度三度と重ねる機会は捉《つら》まえられるではないかと、同じ運命が暗に僕を唆《そそ》のかす日もあった。なるほど二人の情愛を互いに反射させ合うためにのみ眼の光を使う手段を憚《はば》からなかったなら、千代子と僕とはその日を基点として出立しても、今頃は人間の利害で割
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