》いてくれた画《え》をまだ持っててよ」
 なるほどそう云われて見ると、千代子に画を描いてやった覚《おぼえ》があった。けれどもそれは彼女が十二三の時の事で、自分が田口に買って貰った絵具と紙を僕の前へ押しつけて無理矢理に描かせたものである。僕の画道における嗜好《たしなみ》は、それから以後|今日《こんにち》に至るまで、ついぞ画筆《えふで》を握った試しがないのでも分るのだから、赤や緑の単純な刺戟《しげき》が、一通り彼女の眼に映ってしまえば、興味はそこに尽きなければならないはずのものであった。それを保存していると聞いた僕は迷惑そうに苦笑せざるを得なかった。
「見せて上げましょうか」
 僕は見ないでもいいと断った。彼女は構わず立ち上がって、自分の室《へや》から僕の画を納めた手文庫を持って来た。

        十

 千代子はその中から僕の描いた画を五六枚出して見せた。それは赤い椿《つばき》だの、紫《むらさき》の東菊《あずまぎく》だの、色変りのダリヤだので、いずれも単純な花卉《かき》の写生に過ぎなかったが、要《い》らない所にわざと手を掛けて、時間の浪費を厭《いと》わずに、細かく綺麗《きれい》に塗
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