から出す気もなく自《おのず》から出した。すると千代子は一種変な表情をして、「あなた今日は大変優しいわね。奥さんを貰《もら》ったらそういう風に優しくしてあげなくっちゃいけないわね」と云った。遠慮がなくて親しみだけ持っていた僕は、今まで千代子に対していくら無愛嬌《ぶあいきょう》に振舞っても差支《さしつかえ》ないものと暗《あん》に自《みず》から許していたのだという事にこの時始めて気がついた。そうして千代子の眼の中《うち》にどこか嬉しそうな色の微《かす》かながら漂ようのを認めて、自分が悪かったと後悔した。
 二人はほとんどいっしょに生長したと同じような自分達の過去を振り返った。昔の記憶を語る言葉が互の唇《くちびる》から当時を蘇生《よみがえ》らせる便《たより》として洩《も》れた。僕は千代子の記憶が、僕よりも遥《はる》かに勝《すぐ》れて、細かいところまで鮮《あざ》やかに行き渡っているのに驚ろいた。彼女は今から四年前、僕が玄関に立ったまま袴《はかま》の綻《ほころび》を彼女に縫わせた事まで覚えていた。その時彼女の使ったのは木綿糸《もめんいと》でなくて絹糸であった事も知っていた。
「あたしあなたの描《か
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