うしてそれが大抵は失敗の気※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]であった。しかも敬太郎を前に置いて、
「あなたなんざあ、失礼ながら、まだ学校を出たばかりで本当の世の中は御存じないんだからね。いくら学士でございの、博士で候《そうろう》のって、肩書ばかり振り廻したって、僕は慴《おび》えないつもりだ。こっちゃちゃんと実地を踏んで来ているんだもの」と、さっきまで教育に対して多大の尊敬を払っていた事はまるで忘れたような風で、無遠慮なきめつけ方をした。そうかと思うと噫《げっぷ》のような溜息《ためいき》を洩《も》らして自分の無学をさも情《なさけ》なさそうに恨《うら》んだ。
「まあ手っ取り早く云やあ、この世の中を猿|同然《どうぜん》渡って来たんでさあ。こう申しちゃおかしいが、あなたより十層倍の経験はたしかに積んでるつもりです。それでいて、いまだにこの通り解脱《げだつ》ができないのは、全く無学すなわち学がないからです。もっとも教育があっちゃ、こうむやみやたらと変化する訳にも行かないようなもんかも知れませんよ」
敬太郎はさっきから気の毒なる先覚者とでも云ったように相手を考えて、その云う事に相
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