れて来るので、彼は正気でありながら、何かに魅入られたのではなかろうかと云う疑さえ起した。彼はこの浅い疑に関聯《かんれん》して、例の洋杖を胸に思い浮べざるを得なかった。昨日の男も女も彼の眼には絵を見るほど明らかであった。容貌《ようぼう》は固《もと》より服装《なり》から歩きつきに至るまでことごとく記憶の鏡に判切《はっき》りと映った。それでいて二人とも遠くの国にいるような心持がした。遠くの国にいながら、つい近くにあるものを見るように、鮮《あざ》やかな色と形を備えて眸《ひとみ》を侵《おか》して来た。この不思議な影響が洋杖から出たかも知れないという神経を敬太郎はどこかに持っていた。彼は昨夕《ゆうべ》法外な車賃を貪ぼられて、宿の門口《かどぐち》を潜《くぐ》った時、何心なくその洋杖を持ったまま自分の室《へや》まで帰って来て、これは人の目に触れる所に置くべきものでないという顔をして、寝る前に、戸棚《とだな》の奥の行李《こうり》の後《うしろ》へ投げ込んでしまったのである。
今朝《けさ》は蛇《へび》の頭にそれほどの意味がないようにも思われた。ことにこれから田口に逢って、探偵の結果を報告しなければならない
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