敬太郎《けいたろう》は女の笑い顔をこの時始めて見た。唇の薄い割に口の大きいのをその特徴の一つとして彼は最初から眺《なが》めていたが、美くしい歯を露《む》き出しに現わして、潤沢《うるおい》の饒《ゆた》かな黒い大きな眼を、上下《うえした》の睫《まつげ》の触れ合うほど、共に寄せた時は、この女から夢にも予期しなかった印象が新たに彼の頭に刻まれた。敬太郎は女の笑い顔に見惚《みと》れると云うよりもむしろ驚ろいて相手の男に視線を移した。するとその男の頭の上に黒い中折《なかおれ》が乗っているのに気がついた。外套《がいとう》は判切《はっきり》霜降《しもふり》とは見分けられなかったが、帽子と同じ暗い光を敬太郎の眸《ひとみ》に投げた。その上背は高かった。瘠《やせ》ぎすでもあった。ただ年齢《とし》の点に至ると、敬太郎にはとかくの判断を下しかねた。けれどもその人が寿命の度盛《どもり》の上において、自分とは遥《はる》か隔《へだ》たった向うにいる事だけはたしかなので、彼はこの男を躊躇《ちゅうちょ》なく四十|恰好《がっこう》と認めた。これだけの特点を前後なくほとんど同時に胸に入れ得た時、彼は自分が先刻《さっき
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