な冒険譚《ぼうけんだん》の主人公であった。まだ海豹島《かいひょうとう》へ行って膃肭臍《おっとせい》は打っていないようであるが、北海道のどこかで鮭《さけ》を漁《と》って儲《もう》けた事はたしかであるらしい。それから四国辺のある山から安質莫尼《アンチモニー》が出ると触れて歩いて、けっして出なかった事も、当人がそう自白するくらいだから事実に違ない。しかし最も奇抜なのは呑口会社《のみぐちがいしゃ》の計画で、これは酒樽《さかだる》の呑口を作る職人が東京にごく少ないというところから思いついたのだそうだが、せっかく大阪から呼び寄せた職人と衝突したために成立しなかったと云って彼はいまだに残念がっている。
 儲口《もうけぐち》を離れた普通の浮世話になると、彼はまた非常に豊富な材料の所有者であるという事を容易に証拠立てる。筑摩川《ちくまがわ》の上流の何とかいう所から河を隔てて向うの山を見ると、巌《いわ》の上に熊がごろごろ昼寝をしているなどはまだ尋常の方なので、それが一層色づいて来ると、信州|戸隠山《とがくしやま》の奥の院というのは普通の人の登れっこない難所だのに、それを盲目《めくら》が天辺《てっぺん》まで
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