ったら、また電話で聞き合わしてもいいという通知であった。敬太郎はぼんやり見えていた遠眼鏡《とおめがね》の度がぴたりと合った時のように愉快な心持がした。
彼は机の前を一寸《いっすん》も離れずに、速達便の届くのを待っていた。そうしてその間絶ず例の想像を逞《たく》ましくしながら、田口のいわゆる用事なるものを胸の中で組み立てて見た。そこにはいつか須永《すなが》の門前で見た後姿の女が、ややともすると断わりなしに入り込んで来た。ふと気がついて、もっと実際的のものであるべきはずだと思うと、その時だけは自分で自分の空想を叱るようにしては、彼はもどかしい時を過ごした。
やがて待ち焦《こが》れた状袋が彼の手に落ちた。彼はすっと音をさせて、封を裂いた。息も継《つ》がずに巻紙の端《はし》から端までを一気に読み通して、思わずあっという微《かす》かな声を揚げた。与えられた彼の用事は待ち設けた空想よりもなお浪漫的《ロマンチック》であったからである。手紙の文句は固《もと》より簡単で用事以外の言葉はいっさい書いてなかった。今日四時と五時の間に、三田方面から電車に乗って、小川町の停留所で下りる四十|恰好《かっこう》の
前へ
次へ
全462ページ中130ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング