き捲《ま》くられずに、穏《おだ》やかな往来をおっとりと一面に照らしていた。敬太郎はその中を突切《つっき》る電車の上で、光を割《さ》いて進むような感じがした。
田口の玄関はこの間と違って蕭条《ひっそ》りしていた。取次《とりつぎ》に袴を着けた例の書生が現われた時は、少しきまりが悪かったが、まさかせんだっては失礼しましたとも云えないので、素知らぬ顔をして叮嚀《ていねい》に来意を告げた。書生は敬太郎を覚えていたのか、いないのか、ただはあと云ったなり名刺を受取って奥へ這入《はい》ったが、やがて出て来て、どうぞこちらへと応接間へ案内した。敬太郎は取次の揃《そろ》えてくれた上靴《スリッパー》を穿《は》いて、御客らしく通るには通ったが、四五脚ある椅子のどれへ腰をかけていいかちょっと迷った。一番小さいのにさえきめておけば間違はあるまいという謙遜《けんそん》から、彼は腰の高い肱懸《ひじかけ》も装飾もつかない最も軽そうなのを択《よ》って、わざと位置の悪い所へ席を占めた。
やがて主人が出て来た。敬太郎は使い慣れない切口上を使って、初対面の挨拶《あいさつ》やら会見の礼やらを述べると、主人は軽くそれを聞き流す
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