る自分と比べて見て、妙に羨《うらや》ましく思った。
「それで分るんでしょうか」と高木が不思議な顔をした。
「分ったらよっぽど奇体だわね」と千代子が笑った。
「何大丈夫分るよ」と叔父が受合った。
 吾一は面白半分人の顔さえ見れば、西のもので南の方から養子に来たものの宅はどこだと聞いては、そのたびにみんなを笑わした。一番しまいに、編笠《あみがさ》を被《かぶ》って白い手甲《てっこう》と脚袢《きゃはん》を着けた月琴弾《げっきんひき》の若い女の休んでいる汚ない茶店の婆さんに同じ問《とい》をかけたら、婆さんは案外にもすぐそこだと容易《たやす》く教えてくれたので、みんながまた手を拍《う》って笑った。それは往来から山手の方へ三級ばかりに仕切られた石段を登り切った小高い所にある小さい藁葺《わらぶき》の家であった。

        二十二

 この細い石段を思い思いの服装《なり》をした六人が前後してぞろぞろ登る姿は、傍《はた》で見ていたら定めし変なものだったろうと思う。その上六人のうちで、これから何をするか明瞭《はっきり》した考を有《も》っていたものは誰もないのだからはなはだ気楽である。肝心《かんじん》の叔父さえただ船に乗る事を知っているだけで、後は網だか釣だか、またどこまで漕《こ》いで出るのかいっこう弁別《わきま》えないらしかった。百代子の後《あと》から足の力で擦《す》り減《へ》らされて凹みの多くなった石段を踏んで行く僕はこんな無意味な行動に、己《おの》れを委《ゆだ》ねて悔いないところを、避暑の趣《おもむき》とでも云うのかと思いつつ上《のぼ》った。同時にこの無意味な行動のうちに、意味ある劇の大切な一幕が、ある男とある女の間に暗《あん》に演ぜられつつあるのでは無かろうかと疑ぐった。そうしてその一幕の中で、自分の務《つと》めなければならない役割がもしあるとすれば、穏《おだや》かな顔をした運命に、軽く翻弄《ほんろう》される役割よりほかにあるまいと考えた。最後に何事も打算しないでただ無雑作《むぞうさ》にやって除《の》ける叔父が、人に気のつかないうちに、この幕を完成するとしたら、彼こそ比類のない巧妙な手際《てぎわ》を有《も》った作者と云わなければなるまいという気を起した。僕の頭にこういう影が射した時、すぐ後《あと》から跟《つ》いて上《あが》って来る高木が、これじゃ暑くってたまらない、御免蒙《
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