、差向いで坐る時間の欠乏とが、容易に打ち解けがたい境遇に彼らを置き去りにした。彼らの間に取り換わされた言葉は、無論形式だけを重んずる堅苦しいものではなかったが、大抵は五分とかからない当用に過ぎないので、親しみはそれほど出る暇がなかった。彼らが公然と膝《ひざ》を突き合わせて、例になく長い時間を、遠慮の交《まじ》らない談話に更《ふ》かしたのは、正月|半《なか》ばの歌留多会《かるたかい》の折であった。その時敬太郎は千代子から、あなた随分|鈍《のろ》いのねと云われた。百代子からは、あたしあなたと組むのは厭《いや》よ、負けるにきまってるからと怒《おこ》られた。
 それからまた一カ月ほど経《た》って、梅の音信《たより》の新聞に出る頃、敬太郎はある日曜の午後を、久しぶりに須永の二階で暮した時、偶然遊びに来ていた千代子に出逢《であ》った。三人してそれからそれへと纏《まと》まらない話を続けて行くうちに、ふと松本の評判が千代子の口に上《のぼ》った。
「あの叔父さんも随分変ってるのね。雨が降ると一しきりよく御客を断わった事があってよ。今でもそうかしら」

        二

「実は僕も雨の降る日に行って断られた一人《いちにん》なんだが……」と敬太郎《けいたろう》が云い出した時、須永《すなが》と千代子は申し合せたように笑い出した。
「君も随分運の悪い男だね。おおかた例の洋杖《ステッキ》を持って行かなかったんだろう」と須永は調戯《からか》い始めた。
「だって無理だわ、雨の降る日に洋杖なんか持って行けったって。ねえ田川さん」
 この理攻《りぜ》めの弁護を聞いて、敬太郎も苦笑した。
「いったい田川さんの洋杖って、どんな洋杖なの。わたしちょっと見たいわ。見せてちょうだい、ね、田川さん。下へ行って見て来ても好くって」
「今日は持って来ません」
「なぜ持って来ないの。今日はあなたそれでも好い御天気よ」
「大事な洋杖だから、いくら好い御天気でも、ただの日には持って出ないんだとさ」
「本当?」
「まあそんなものです」
「じゃ旗日《はたび》にだけ突いて出るの」
 敬太郎は一人で二人に当っているのが少し苦しくなった。この次内幸町へ行く時は、きっと持って行って見せるという約束をしてようやく千代子の追窮を逃《のが》れた。その代り千代子からなぜ松本が雨の降る日に面会を謝絶したかの源因を話して貰う事にした。――
 
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