らえた人間が活きているとしか思えなくって、拵らえた脚色が自然としか思えぬならば、拵えた作者は一種のクリーエーターである。拵えた事を誇りと心得る方が当然である。ただ下手でしかも巧妙に拵えた作物(例えばジューマのブラック・チューリップのごときもの)は花袋君の御注意を待たずして駄目である。同時にいくら糊細工《のりざいく》の臭味《くさみ》が少くても、すべての点において存在を認むるに足らぬ事実や実際の人間を書くのは、同等の程度において駄目《だめ》である。花袋君も御同感だろうと思う。
小生は小説を作る男である。そうしてところどころで悪口を云われる男である。自分が悪口を云われる口惜《くや》し紛《まぎ》れに他人の悪口を云うように取られては、悪口の功力《くりき》がないと心得て今日まで謹慎の意を表していた。しかし花袋君の説を拝見してちょっと弁解する必要が生じたついでに、端《はし》なく独歩花袋両君の作物に妄評《もうひょう》を加えたのは恐縮である。
小生は日本の文芸雑誌をことごとく通読する余裕と勇気に乏しいものである。現に花袋君の主宰しておらるる「文章世界」のごときも拝見しておらん。向後花袋君及びその他の諸君の高説に対して、一々御答弁を致す機会を逸するかも知れない。その時漱石は花袋君及びその他の諸君の高説に御答弁ができかねるほど感服したなと誤解する疎忽《そこつ》ものがあると困る。ついでをもって、必ずしもしからざる旨《むね》をあらかじめ天下に広告しておく。
底本:「夏目漱石全集10」ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年7月26日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月にかけて刊行
入力:柴田卓治
校正:大野晋
1999年6月14日公開
2003年11月28日修正
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