っぽど痛いかい。僕の肩へつらまったら、どうだね。少しは歩行《ある》き好《い》いかも知れない」
「うん」と碌さんは気のない返事をしたまま動かない。
「宿へついたら、僕が面白い話をするよ」
「全体いつ宿へつくんだい」
「五時には湯元へ着く予定なんだが、どうも、あの煙りは妙だよ。右へ行っても、左りへ行っても、鼻の先にあるばかりで、遠くもならなければ、近くもならない」
「上《のぼ》りたてから鼻の先にあるぜ」
「そうさな。もう少しこの路を行って見ようじゃないか」
「うん」
「それとも、少し休むか」
「うん」
「どうも、急に元気がなくなったね」
「全く饂飩《うどん》の御蔭《おかげ》だよ」
「ハハハハ。その代り宿へ着くと僕が話しの御馳走《ごちそう》をするよ」
「話しも聞きたくなくなった」
「それじゃまたビールでない恵比寿《えびす》でも飲むさ」
「ふふん。この様子じゃ、とても宿へ着けそうもないぜ」
「なに、大丈夫だよ」
「だって、もう暗くなって来たぜ」
「どれ」と圭さんは懐中時計を出す。「四時五分前だ。暗いのは天気のせいだ。しかしこう方角が変って来ると少し困るな。山へ登ってから、もう二三里はあるいたね
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