、阿蘇郡なんだろう」とやはり下女を追窮している。
「ねえ」
「じゃ阿蘇の御宮まではどのくらいあるかい」
「御宮までは三里でござりまっす」
「山の上までは」
「御宮から二里でござりますたい」
「山の上はえらいだろうね」と碌さんが突然飛び出してくる。
「ねえ」
「御前《おまえ》登った事があるかい」
「いいえ」
「じゃ知らないんだね」
「いいえ、知りまっせん」
「知らなけりゃ、しようがない。せっかく話を聞こうと思ったのに」
「御山へ御登りなさいますか」
「うん、早く登りたくって、仕方がないんだ」と圭さんが云うと、
「僕は登りたくなくって、仕方がないんだ」と碌さんが打《ぶ》ち壊《こ》わした。
「ホホホそれじゃ、あなただけ、ここへ御逗留なさいまっせ」
「うん、ここで寝転《ねころ》んで、あのごうごう云う音を聞いている方が楽《らく》なようだ。ごうごうと云やあ、さっきより、だいぶ烈《はげ》しくなったようだぜ、君」
「そうさ、だいぶ、強くなった。夜のせいだろう」
「御山が少し荒れておりますたい」
「荒れると烈しく鳴るのかね」
「ねえ。そうしてよな[#「よな」に傍点]がたくさんに降って参りますたい」
「よ
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