けた。出臍《でべそ》の圭さんは、はっくしょうと大きな苦沙弥《くしゃみ》を無遠慮にやる。上がり口に白芙蓉《はくふよう》が五六輪、夕暮の秋を淋しく咲いている。見上げる向《むこう》では阿蘇《あそ》の山がごううごううと遠くながら鳴っている。
「あすこへ登るんだね」と碌さんが云う。
「鳴ってるぜ。愉快だな」と圭さんが云う。
三
「姉さん、この人は肥《ふと》ってるだろう」
「だいぶん肥《こ》えていなはります」
「肥えてるって、おれは、これで豆腐屋だもの」
「ホホホ」
「豆腐屋じゃおかしいかい」
「豆腐屋の癖に西郷隆盛のような顔をしているからおかしいんだよ。時にこう、精進料理《しょうじんりょうり》じゃ、あした、御山《おやま》へ登れそうもないな」
「また御馳走《ごちそう》を食いたがる」
「食いたがるって、これじゃ営養不良になるばかりだ」
「なにこれほど御馳走があればたくさんだ。――湯葉《ゆば》に、椎茸《しいたけ》に、芋《いも》に、豆腐、いろいろあるじゃないか」
「いろいろある事はあるがね。ある事は君の商売道具まであるんだが――困ったな。昨日《きのう》は饂飩《うどん》ばかり食わせられ
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