の坊主頭をぴしゃぴしゃと二|返《へん》叩《たた》いた。
「頭か」
「うん。相手も頭でくるから、こっちも頭で行くんだ」
「相手は誰だい」
「金力や威力で、たよりのない同胞《どうぼう》を苦しめる奴らさ」
「うん」
「社会の悪徳を公然商売にしている奴らさ」
「うん」
「商売なら、衣食のためと云う言い訳も立つ」
「うん」
「社会の悪徳を公然道楽にしている奴らは、どうしても叩《たた》きつけなければならん」
「うん」
「君もやれ」
「うん、やる」
 圭さんは、のっそりと踵《くびす》をめぐらした。碌さんは黙然《もくねん》として尾《つ》いて行く。空にあるものは、煙りと、雨と、風と雲である。地にあるものは青い薄《すすき》と、女郎花《おみなえし》と、所々にわびしく交《まじ》る桔梗《ききょう》のみである。二人は煢々《けいけい》として無人《むにん》の境《きょう》を行く。
 薄の高さは、腰を没するほどに延びて、左右から、幅、尺足らずの路を蔽《おお》うている。身を横にしても、草に触れずに進む訳《わけ》には行かぬ。触れれば雨に濡《ぬ》れた灰がつく。圭さんも碌さんも、白地の浴衣《ゆかた》に、白の股引《ももひき》に、足袋《たび》と脚絆《きゃはん》だけを紺《こん》にして、濡れた薄をがさつかせて行く。腰から下はどぶ鼠《ねずみ》のように染まった。腰から上といえども、降る雨に誘われて着く、よな[#「よな」に傍点]を、一面に浴びたから、ほとんど下水へ落ち込んだと同様の始末である。
 たださえ、うねり、くねっている路だから、草がなくっても、どこへどう続いているか見極《みきわ》めのつくものではない。草をかぶればなおさらである。地に残る馬の足跡さえ、ようやく見つけたくらいだから、あとの始末は無論天に任せて、あるいていると云わねばならぬ。
 最初のうちこそ、立ち登る煙りを正面に見て進んだ路は、いつの間にやら、折れ曲って、次第に横からよな[#「よな」に傍点]を受くるようになった。横に眺める噴火口が今度は自然《じねん》に後ろの方に見えだした時、圭さんはぴたりと足を留《と》めた。
「どうも路が違うようだね」
「うん」と碌さんは恨《うら》めしい顔をして、同じく立ち留《どま》った。
「何だか、情《なさけ》ない顔をしているね。苦しいかい」
「実際情けないんだ」
「どこか痛むかい」
「豆が一面に出来て、たまらない」
「困ったな。よ
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