はみんな、そう云う気違ばかりだよ。人を圧迫した上に、人に頭を下げさせようとするんだぜ。本来なら向《むこう》が恐れ入るのが人間だろうじゃないか、君」
「無論それが人間さ。しかし気違の豆腐屋なら、うっちゃって置くよりほかに仕方があるまい」
 圭さんは再びふふんと云った。しばらくして、
「そんな気違を増長させるくらいなら、世の中に生れて来ない方がいい」と独《ひと》り言《ごと》のようにつけた。
 村鍛冶の音は、会話が切れるたびに静かな里の端《はじ》から端までかあんかあんと響く。
「しきりにかんかんやるな。どうも、あの音は寒磬寺《かんけいじ》の鉦《かね》に似ている」
「妙に気に掛るんだね。その寒磬寺の鉦の音と、気違の豆腐屋とでも何か関係があるのかい。――全体君が豆腐屋の伜《せがれ》から、今日《こんにち》までに変化した因縁《いんねん》はどう云う筋道なんだい。少し話して聞かせないか」
「聞かせてもいいが、何だか寒いじゃないか。ちょいと夕飯《ゆうめし》前に温泉《ゆ》に這入《はい》ろう。君いやか」
「うん這入ろう」
 圭さんと碌さんは手拭《てぬぐい》をぶら下げて、庭へ降りる。棕梠緒《しゅろお》の貸下駄《かしげた》には都らしく宿の焼印《やきいん》が押してある。

        二

「この湯は何に利《き》くんだろう」と豆腐屋の圭《けい》さんが湯槽《ゆぶね》のなかで、ざぶざぶやりながら聞く。
「何に利くかなあ。分析表を見ると、何にでも利くようだ。――君そんなに、臍《へそ》ばかりざぶざぶ洗ったって、出臍《でべそ》は癒《なお》らないぜ」
「純透明だね」と出臍の先生は、両手に温泉《ゆ》を掬《く》んで、口へ入れて見る。やがて、
「味も何もない」と云いながら、流しへ吐き出した。
「飲んでもいいんだよ」と碌《ろく》さんはがぶがぶ飲む。
 圭さんは臍《へそ》を洗うのをやめて、湯槽の縁《ふち》へ肘《ひじ》をかけて漫然《まんぜん》と、硝子越《ガラスご》しに外を眺めている。碌さんは首だけ湯に漬《つ》かって、相手の臍から上を見上げた。
「どうも、いい体格《からだ》だ。全く野生《やせい》のままだね」
「豆腐屋出身だからなあ。体格が悪《わ》るいと華族や金持ちと喧嘩《けんか》は出来ない。こっちは一人|向《むこう》は大勢だから」
「さも喧嘩の相手があるような口振《くちぶり》だね。当《とう》の敵《てき》は誰だい」

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