、本来から云うと道楽本位の科学者とか哲学者とかまた芸術家とかいうものはその立場からしてすでに職業の性質を失っていると云わなければならない。実際今の世で彼らは名前には職業として存在するが実質の上ではほとんど職業として認められないほど割に合わない報酬を受けているのでこの辺の消息はよく分るでしょう。現に科学者哲学者などは直接世間と取引しては食って行けないからたいていは政府の保護の下に大学教授とか何とかいう役になってやっと露命をつないでいる。芸術家でも時に容《い》れられず世から顧《かえり》みられないで自然本位を押し通す人はずいぶん惨澹《さんたん》たる境遇に沈淪《ちんりん》しているものが多いのです。御承知の大雅堂《たいがどう》でも今でこそ大した画工であるがその当時|毫《ごう》も世間向の画をかかなかったために生涯《しょうがい》真葛《まくず》が原《はら》の陋居《ろうきょ》に潜《ひそ》んでまるで乞食と同じ一生を送りました。仏蘭西《フランス》のミレーも生きている間は常に物質的の窮乏に苦しめられていました。またこれは個人の例ではないが日本の昔に盛んであった禅僧の修行などと云うものも極端な自然本位の道楽生活
前へ 次へ
全38ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング