もって懐手《ふところで》をして遊んでいられるという訳でしょう。職業の性質というものはまあざっとこんなものです。
 そこでネ、人のためにするという意味を間違えてはいけませんよ。人を教育するとか導くとか精神的にまた道義的に働きかけてその人のためになるという事だと解釈されるとちょっと困るのです。人のためにというのは、人の言うがままにとか、欲するがままにといういわゆる卑俗の意味で、もっと手短かに述べれば人の御機嫌《ごきげん》を取ればというくらいの事に過ぎんのです。人にお世辞を使えばと云い変えても差支《さしつかえ》ないくらいのものです。だから御覧なさい。世の中には徳義的に観察するとずいぶん怪《け》しからぬと思うような職業がありましょう。しかもその怪しからぬと思うような職業を渡世《とせい》にしている奴は我々よりはよっぽどえらい生活をしているのがあります。しかし一面から云えば怪しからぬにせよ、道徳問題として見れば不埒《ふらち》にもせよ、事実の上から云えば最も人のためになることをしているから、それがまた最も己のためになって、最も贅沢《ぜいたく》を極《きわ》めていると言わなければならぬのです。道徳問題じ
前へ 次へ
全38ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング