りました。したがってしっかりした御話らしい御話をしなければならない訳でありますが、どうもそう旨《うま》く行かないからはなはだ御気の毒です。ただいまは高原君が樺太旅行談つけたり海豹島《かいひょうとう》などの話をされましたが実地の見聞談で誠に有益でもあり、かつ面白く聴いておりました。私のは諸君に興味または利益を与えるという点において、とても高原君ほどに参りませぬ。高原君は御覧の通りフロックコートを着ておりましたが、私はこの通り背広で御免蒙《ごめんこうむ》るような訳で、御話の面白さもまたこの服装の相違くらい懸隔《けんかく》しているかも知れませんから、まずその辺のところと思って辛抱してお聴きを願います。高原君はしきりに聴衆諸君に向って厭《いや》になったら遠慮なく途中で御帰りなさいと云われたようですが私は厭になっても是非聴いていていただきたいので、その代り高原君ほど長くはやりません。この暑いのにそう長くやっては何だか脳貧血でも起しそうで危険ですからできるだけ縮《ちぢ》めてさっさと片づけますから、その間は帰らずに、暑くても我慢をして、終った時に拍手|喝采《かっさい》をして、そうしてめでたく閉会をし
前へ 次へ
全35ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング