部《うわべ》さえ形式に合っていれば、人が許すものだから、互の終りを全くして幸福を得ようとするには、過去の不品行を蔵《かく》すに若《し》くはないという男の苦心を察して見ると多少は気の毒であります。どこまでも習慣的制裁を墨守して娘の恥を雪《そそ》ぐためには、ともかくも公けに結婚させてしまわなければならないと思い乱れる父親にも同情があります。最後に娘が一徹《いってつ》に、たとい世間からどう云われても、社会的地位を失っても、そんな俗習に圧《お》しつけられて、偽わりの結婚をして、可愛い子を生涯《しょうがい》日蔭ものにするのはけっしていやだと、あくまでも約束的習慣に抵抗するところは、たといその情操に全然一致しない人までも、幾分か壮と感ずるでしょう。この数者があればこそ劇も面白くなるのでありますが、これは、みんな主観の方の情操であります。これで見ますと真だけの作と思ってたものに存外、他の分子が這入《はい》っている事が御分りになりましょう。これに反していかに主観的の作物でも全然真を含んでいないものはありません。もし含んでいなかったらとうてい読み得ないにきまっています。かの infinite longi
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