三者の解釈は詳《くわ》しく述べる事ができません。美と云う事を大きく解すると、善も壮も掩《おお》っても構いません。のみならず真をさえ包んでもいいでしょう。それは人の勝手であります。受持の範囲をきめて名をつけるだけの事であります。私はごく単純に耳目を喜ばす美しいもの、美しい音くらいで御免蒙《ごめんこうむ》ります。もっとも美醜を通じて同範囲のものを入れます。善もその通り善悪を通じ含ませるのみならず、直接に道徳に関係のない希望とか、愛とかいうものも入れるつもりです。壮は意志の発現(発現でなくっても発現のポテンシャリチーを認めた時も無論入れます)に対する情操を入れます。上は壮烈もしくは壮大より下は卑劣もしくは繊弱に至るまで入れます。するとこれは前の善の範囲に或所まで入り込みます。すべての感情が多くの場合において意志を促《うな》がすもの、または意志に変化する傾向のあるものとの学説に従えば、この二|範疇《はんちゅう》はある点においていっしょに出合うものでしょうが、壮とは行為|所作《しょさ》に対するこちらの受け方を本位として立てたので、善とは善悪その他の諸情そのものに対するこちらの受け方を本位として立
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