わないで使っています。してみるとどこか似たところがあるに違ない。その似たところを考えて見たらこの両面の叙述の差が判然するだろうと思います。人の心を石に比較するのに、比較にならんように思うのは、我々が石についての経験を、我から非我の世界に抛《な》げ出す態度、すなわち我以外に一塊の動かすべからざる石と名づくるものが存在していると見傚《みな》すからではありますまいか。すでに抛げ出されて石と名づけられたる以上、我の態度が我から非我に向って働らく以上は、石はどこまでも石で、どうしても人の心に比較されよう訳がないのであります。我々の石についての経験は堅いとか、冷たいとか、素気《そっけ》ないとかいう属性から構成されているのは無論でありますが、いやしくもこの属性が石の属性で、石の意義を明暸ならしむるものと相場がきまってしまえば、もう融通は利《き》きません。どうしても石を離れる事ができなくなります。石を離れる事ができないとすると、まるで性質の違った心を形容する訳には参りません。堅いのは石が堅いので、冷たいのもやはり石が冷たいんだから、その堅さ冷さを石から奪って、心に与える訳には参りません。しかしひとたび
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