で、この左右の扉を対と見るところに興味があるのであります。この時期における客観的叙述を私は perceptual と名づけようかと思います。すなわち前に申した酒の味よりもやや複雑な感覚的属性が纏《まと》まって一体を構成しているものを、綜合《そうごう》された一体と認めて、認めたままを叙述する意味に用いるつもりであります。例《たと》えばここに洋卓《テーブル》があると、この洋卓は堅い、黒い、ニスの臭《におい》のする、四角で足のある、云々と一々にその属性を認めて、認めた属性を綜合《そうごう》して始めて叙述が成立する訳であります。ところがかように属性を結びつけると云う事が、前に申した酒の味のときよりも一層客観性をたしかにする事だろうと思われます。と云うものは視覚、聴覚その他を単に主観的態度で取り扱っていると色はついに色で、音はどこまでも音で、この色とこの音は同一体の非我が兼ね有していると云う事実には比較的|無頓着《むとんじゃく》でいられます。したがって色も非我の属性であり、音も非我の属性であると云う以上に、この色もこの音も同一非我の属性であると綜合すれば、前よりは一段とその物の存在を確《たし》か
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