おりますから、まだ混雑が少ないようですが、歴史の流を沿うて漂いついた二派は名前は昔の通りですが内容は始終《しじゅう》変っておりますからなお不都合であります。だから、もし作物を本位としないで、主義を本位とするならば主義の意義を確然と定めて、そうしてその主義のもとに、その主義に叶《かな》う局部(作物《さくぶつ》の)を排列して、この主義の実例とするが適当だろうと思います。一つの作物と、一つの主義をアイデンチフワイしなければ気がすまないような考は是非共改める事に致したいと思います。これから先き文学上の作物の性質は異分子の結合でいよいよ複雑になって参りますから、幾多の変態を認めなければならないのは無論の事であります。したがって、二三の主義を終古一定のものとして、万事をこれで律せんとするのみならず、律せんとする尺度の年々に移り行くのを咎《とが》めないのは、将来出現の作家には不便宜の極で、かつ批評家の無責任を表白するものではないかと存じます。
客観、主観両面の目的、特性、必要、関係等はほぼ述べ終りました。以上は大体の御話であります。固《もと》より普遍的の論で一般に通ずる説とは信じますが、今日の日本
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