スのしみ》がある。風に揉《も》まれて上《うわ》の空《そら》なる波を起す、軽薄で騒々しい趣《おもむき》とは違う。目に見えぬ幾尋《いくひろ》の底を、大陸から大陸まで動いている※[#「さんずい+(廣−广)」、第3水準1−87−13]洋《こうよう》たる蒼海《そうかい》の有様と形容する事が出来る。ただそれほどに活力がないばかりだ。しかしそこにかえって幸福がある。偉大なる活力の発現は、この活力がいつか尽き果てるだろうとの懸念《けねん》が籠《こも》る。常の姿にはそう云う心配は伴わぬ。常よりは淡きわが心の、今の状態には、わが烈《はげ》しき力の銷磨《しょうま》しはせぬかとの憂《うれい》を離れたるのみならず、常の心の可もなく不可もなき凡境をも脱却している。淡しとは単に捕《とら》え難しと云う意味で、弱きに過ぎる虞《おそれ》を含んではおらぬ。冲融《ちゅうゆう》とか澹蕩《たんとう》とか云う詩人の語はもっともこの境《きょう》を切実に言い了《おお》せたものだろう。
この境界《きょうがい》を画《え》にして見たらどうだろうと考えた。しかし普通の画にはならないにきまっている。われらが俗に画と称するものは、ただ眼前《がん
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