》き脈を通わせる。地を這《は》う煙の飛ばんとして飛び得ざるごとく、わが魂《たましい》の、わが殻《から》を離れんとして離るるに忍びざる態《てい》である。抜け出《い》でんとして逡巡《ためら》い、逡巡いては抜け出でんとし、果《は》ては魂と云う個体を、もぎどうに保《たも》ちかねて、氤※[#「气<慍のつくり」、第3水準1−86−48]《いんうん》たる瞑氛《めいふん》が散るともなしに四肢五体に纏綿《てんめん》して、依々《いい》たり恋々《れんれん》たる心持ちである。
余が寤寐《ごび》の境《さかい》にかく逍遥《しょうよう》していると、入口の唐紙《からかみ》がすうと開《あ》いた。あいた所へまぼろしのごとく女の影がふうと現われた。余は驚きもせぬ。恐れもせぬ。ただ心地《ここち》よく眺《なが》めている。眺めると云うてはちと言葉が強過ぎる。余が閉《と》じている瞼《まぶた》の裏《うち》に幻影《まぼろし》の女が断《ことわ》りもなく滑《すべ》り込んで来たのである。まぼろしはそろりそろりと部屋のなかに這入《はい》る。仙女《せんにょ》の波をわたるがごとく、畳の上には人らしい音も立たぬ。閉ずる眼《まなこ》のなかから見る世
前へ
次へ
全217ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング