ぎ目《め》が確《しか》と見えぬくらい靄《もや》が濃い。少し手前に禿山《はげやま》が一つ、群《ぐん》をぬきんでて眉《まゆ》に逼《せま》る。禿《は》げた側面は巨人の斧《おの》で削《けず》り去ったか、鋭どき平面をやけに谷の底に埋《うず》めている。天辺《てっぺん》に一本見えるのは赤松だろう。枝の間の空さえ判然《はっきり》している。行く手は二丁ほどで切れているが、高い所から赤い毛布《けっと》が動いて来るのを見ると、登ればあすこへ出るのだろう。路はすこぶる難義《なんぎ》だ。
土をならすだけならさほど手間《てま》も入《い》るまいが、土の中には大きな石がある。土は平《たい》らにしても石は平らにならぬ。石は切り砕いても、岩は始末がつかぬ。掘崩《ほりくず》した土の上に悠然《ゆうぜん》と峙《そばだ》って、吾らのために道を譲る景色《けしき》はない。向うで聞かぬ上は乗り越すか、廻らなければならん。巌《いわ》のない所でさえ歩《あ》るきよくはない。左右が高くって、中心が窪《くぼ》んで、まるで一間|幅《はば》を三角に穿《く》って、その頂点が真中《まんなか》を貫《つらぬ》いていると評してもよい。路を行くと云わんより川
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