ささべ男に靡こうかと、娘はあけくれ思い煩《わずら》ったが、どちらへも靡きかねて、とうとう
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あきづけばをばなが上に置く露の、けぬべくもわは、おもほゆるかも
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と云う歌を咏《よ》んで、淵川《ふちかわ》へ身を投げて果《は》てました」
余はこんな山里へ来て、こんな婆さんから、こんな古雅《こが》な言葉で、こんな古雅な話をきこうとは思いがけなかった。
「これから五丁東へ下《くだ》ると、道端《みちばた》に五輪塔《ごりんのとう》が御座んす。ついでに長良《ながら》の乙女《おとめ》の墓を見て御行きなされ」
余は心のうちに是非見て行こうと決心した。婆さんは、そのあとを語りつづける。
「那古井の嬢様にも二人の男が祟《たた》りました。一人は嬢様が京都へ修行に出て御出《おい》での頃|御逢《おあ》いなさったので、一人はここの城下で随一の物持ちで御座んす」
「はあ、御嬢さんはどっちへ靡いたかい」
「御自身は是非京都の方へと御望みなさったのを、そこには色々な理由《わけ》もありましたろが、親ご様が無理にこちらへ取りきめて……」
「めでたく、淵川《ふちかわ》へ身を投げんで
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