B
「ええ、少々驚ろいた」
「今の亭主じゃありません、離縁《りえん》された亭主です」
「なるほど、それで……」
「それぎりです」
「そうですか。――あの蜜柑山《みかんやま》に立派な白壁の家がありますね。ありゃ、いい地位にあるが、誰の家《うち》なんですか」
「あれが兄の家です。帰り路にちょっと寄って、行きましょう」
「用でもあるんですか」
「ええちっと頼まれものがあります」
「いっしょに行きましょう」
 岨道《そばみち》の登り口へ出て、村へ下りずに、すぐ、右に折れて、また一丁ほどを登ると、門がある。門から玄関へかからずに、すぐ庭口へ廻る。女が無遠慮につかつか行くから、余も無遠慮につかつか行く。南向きの庭に、棕梠《しゅろ》が三四本あって、土塀《どべい》の下はすぐ蜜柑畠である。
 女はすぐ、椽鼻《えんばな》へ腰をかけて、云う。
「いい景色だ。御覧なさい」
「なるほど、いいですな」
 障子のうちは、静かに人の気合《けあい》もせぬ。女は音《おと》のう景色もない。ただ腰をかけて、蜜柑畠を見下《みおろ》して平気でいる。余は不思議に思った。元来何の用があるのかしら。
 しまいには話もないから、両方共無
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