tである。こんな滑稽《こっけい》な樹《き》はたんとあるまい。しかも澄ましたものだ。いかなるこれ仏《ぶつ》と問われて、庭前《ていぜん》の柏樹子《はくじゅし》と答えた僧があるよしだが、もし同様の問に接した場合には、余は一も二もなく、月下《げっか》の覇王樹《はおうじゅ》と応《こた》えるであろう。
少時《しょうじ》、晁補之《ちょうほし》と云う人の記行文を読んで、いまだに暗誦《あんしょう》している句がある。「時に九月天高く露清く、山|空《むな》しく、月|明《あきら》かに、仰いで星斗《せいと》を視《み》れば皆《みな》光大《ひかりだい》、たまたま人の上にあるがごとし、窓間《そうかん》の竹《たけ》数十|竿《かん》、相|摩戞《まかつ》して声|切々《せつせつ》やまず。竹間《ちくかん》の梅棕《ばいそう》森然《しんぜん》として鬼魅《きび》の離立笑※[#「髟/丐」、第4水準2−93−21]《りりつしょうひん》の状《じょう》のごとし。二三子|相顧《あいかえり》み、魄《はく》動いて寝《いぬ》るを得ず。遅明《ちめい》皆去る」とまた口の内で繰り返して見て、思わず笑った。この覇王樹《さぼてん》も時と場合によれば、余の魄
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