ネく気韻《きいん》に乏《とぼ》しい心持が、今までわれを苦しめてならなかった。しかしその折々はただどことなく下品だと評するまでで、なぜ下品であるかが、解らぬ故《ゆえ》、吾知らず、答えを得るに煩悶《はんもん》して今日《こんにち》に至ったのだろう。肉を蔽《おお》えば、うつくしきものが隠れる。かくさねば卑《いや》しくなる。今の世の裸体画と云うはただかくさぬと云う卑しさに、技巧を留《とど》めておらぬ。衣《ころも》を奪いたる姿を、そのままに写すだけにては、物足らぬと見えて、飽《あ》くまでも裸体《はだか》を、衣冠の世に押し出そうとする。服をつけたるが、人間の常態なるを忘れて、赤裸にすべての権能を附与せんと試みる。十分《じゅうぶん》で事足るべきを、十二分《じゅうにぶん》にも、十五分《じゅうごぶん》にも、どこまでも進んで、ひたすらに、裸体であるぞと云う感じを強く描出《びょうしゅつ》しようとする。技巧がこの極端に達したる時、人はその観者《かんじゃ》を強《し》うるを陋《ろう》とする。うつくしきものを、いやが上に、うつくしくせんと焦《あ》せるとき、うつくしきものはかえってその度《ど》を減ずるが例である。人事に
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