ヒがさらりと開《あ》いた。
誰か来たなと、身を浮かしたまま、視線だけを入口に注《そそ》ぐ。湯槽《ゆぶね》の縁《ふち》の最も入口から、隔《へだ》たりたるに頭を乗せているから、槽《ふね》に下《くだ》る段々は、間《あいだ》二丈を隔てて斜《なな》めに余が眼に入る。しかし見上げたる余の瞳にはまだ何物も映らぬ。しばらくは軒を遶《めぐ》る雨垂《あまだれ》の音のみが聞える。三味線はいつの間《ま》にかやんでいた。
やがて階段の上に何物かあらわれた。広い風呂場を照《てら》すものは、ただ一つの小さき釣《つ》り洋灯《ランプ》のみであるから、この隔りでは澄切った空気を控《ひか》えてさえ、確《しか》と物色《ぶっしょく》はむずかしい。まして立ち上がる湯気の、濃《こまや》かなる雨に抑《おさ》えられて、逃場《にげば》を失いたる今宵《こよい》の風呂に、立つを誰とはもとより定めにくい。一段を下り、二段を踏んで、まともに、照らす灯影《ほかげ》を浴びたる時でなくては、男とも女とも声は掛けられぬ。
黒いものが一歩を下へ移した。踏む石は天鵞※[#「毬」の「求」に代えて「戎」、第4水準2−78−11]《びろうど》のごとく柔《や
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