採菊《きくをとる》東籬下《とうりのもと》、悠然《ゆうぜんとして》見南山《なんざんをみる》。ただそれぎりの裏《うち》に暑苦しい世の中をまるで忘れた光景が出てくる。垣の向うに隣りの娘が覗《のぞ》いてる訳でもなければ、南山《なんざん》に親友が奉職している次第でもない。超然と出世間的《しゅっせけんてき》に利害損得の汗を流し去った心持ちになれる。独《ひとり》坐幽篁裏《ゆうこうのうちにざし》、弾琴《きんをだんじて》復長嘯《またちょうしょうす》、深林《しんりん》人不知《ひとしらず》、明月来《めいげつきたりて》相照《あいてらす》。ただ二十字のうちに優《ゆう》に別乾坤《べつけんこん》を建立《こんりゅう》している。この乾坤の功徳《くどく》は「不如帰《ほととぎす》」や「金色夜叉《こんじきやしゃ》」の功徳ではない。汽船、汽車、権利、義務、道徳、礼義で疲れ果てた後《のち》に、すべてを忘却してぐっすり寝込むような功徳である。
二十世紀に睡眠が必要ならば、二十世紀にこの出世間的の詩味は大切である。惜しい事に今の詩を作る人も、詩を読む人もみんな、西洋人にかぶれているから、わざわざ呑気《のんき》な扁舟《へんしゅう》を
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