ついて見せた。そのうちで最も猛烈に彼の攻撃を受けたのは、本所辺から来る十歳《とお》ばかりになる角兵衛獅子《かくべえじし》の子であった。この子はいつでも「今日《こんち》は御祝い」と云って入って来る。そうして家《うち》の者から、麺麭《パン》の皮と一銭銅貨を貰わないうちは帰らない事に一人できめていた。だからヘクトーがいくら吠えても逃げ出さなかった。かえってヘクトーの方が、吠えながら尻尾《しっぽ》を股《また》の間に挟《はさ》んで物置の方へ退却するのが例になっていた。要するにヘクトーは弱虫であった。そうして操行からいうと、ほとんど野良犬《のらいぬ》と択《えら》ぶところのないほどに堕落していた。それでも彼らに共通な人懐《ひとなつ》っこい愛情はいつまでも失わずにいた。時々顔を見合せると、彼は必《かなら》ず尾を掉《ふ》って私に飛びついて来た。あるいは彼の背を遠慮なく私の身体《からだ》に擦《す》りつけた。私は彼の泥足のために、衣服や外套《がいとう》を汚《よご》した事が何度あるか分らない。
 去年の夏から秋へかけて病気をした私は、一カ月ばかりの間《あいだ》ついにヘクトーに会う機会を得ずに過ぎた。病《やまい》がようやく怠《おこた》って、床《とこ》の外へ出られるようになってから、私は始めて茶の間の縁《えん》に立って彼の姿を宵闇《よいやみ》の裡《うち》に認めた。私はすぐ彼の名を呼んだ。しかし生垣《いけがき》の根にじっとうずくまっている彼は、いくら呼んでも少しも私の情《なさ》けに応じなかった。彼は首も動かさず、尾も振らず、ただ白い塊《かたまり》のまま垣根にこびりついてるだけであった。私は一カ月ばかり会わないうちに、彼がもう主人の声を忘れてしまったものと思って、微《かす》かな哀愁《あいしゅう》を感ぜずにはいられなかった。
 まだ秋の始めなので、どこの間《ま》の雨戸も締《し》められずに、星の光が明け放たれた家の中からよく見られる晩であった。私の立っていた茶の間の縁には、家《うち》のものが二三人いた。けれども私がヘクトーの名前を呼んでも彼らはふり向きもしなかった。私がヘクトーに忘れられたごとくに、彼らもまたヘクトーの事をまるで念頭に置いていないように思われた。
 私は黙って座敷へ帰って、そこに敷いてある布団《ふとん》の上に横になった。病後の私は季節に不相当な黒八丈《くろはちじょう》の襟《えり》のかかった銘仙《めいせん》のどてらを着ていた。私はそれを脱ぐのが面倒だから、そのまま仰向《あおむけ》に寝て、手を胸の上で組み合せたなり黙って天井《てんじょう》を見つめていた。

        五

 翌朝《あくるあさ》書斎の縁に立って、初秋《はつあき》の庭の面《おもて》を見渡した時、私は偶然また彼の白い姿を苔《こけ》の上に認めた。私は昨夕《ゆうべ》の失望を繰《く》り返《かえ》すのが厭《いや》さに、わざと彼の名を呼ばなかった。けれども立ったなりじっと彼の様子を見守らずにはいられなかった。彼は立木《たちき》の根方《ねがた》に据《す》えつけた石の手水鉢《ちょうずばち》の中に首を突き込んで、そこに溜《たま》っている雨水《あまみず》をぴちゃぴちゃ飲んでいた。
 この手水鉢はいつ誰が持って来たとも知れず、裏庭の隅《すみ》に転《ころ》がっていたのを、引越した当時植木屋に命じて今の位置に移させた六角形《ろっかくがた》のもので、その頃は苔《こけ》が一面に生《は》えて、側面に刻みつけた文字《もんじ》も全く読めないようになっていた。しかし私には移す前一度|判然《はっきり》とそれを読んだ記憶があった。そうしてその記憶が文字として頭に残らないで、変な感情としていまだに胸の中を往来していた。そこには寺と仏と無常の匂《におい》が漂《ただよ》っていた。
 ヘクトーは元気なさそうに尻尾《しっぽ》を垂れて、私の方へ背中を向けていた。手水鉢を離れた時、私は彼の口から流れる垂涎《よだれ》を見た。
「どうかしてやらないといけない。病気だから」と云って、私は看護婦を顧《かえり》みた。私はその時まだ看護婦を使っていたのである。
 私は次の日も木賊《とくさ》の中に寝ている彼を一目見た。そうして同じ言葉を看護婦に繰り返した。しかしヘクトーはそれ以来姿を隠したぎり再び宅《うち》へ帰って来なかった。
「医者へ連れて行こうと思って、探したけれどもどこにもおりません」
 家《うち》のものはこう云って私の顔を見た。私は黙っていた。しかし腹の中では彼を貰い受けた当時の事さえ思い起された。届書《とどけしょ》を出す時、種類という下へ混血児《あいのこ》と書いたり、色という字の下へ赤斑《あかまだら》と書いた滑稽《こっけい》も微《かす》かに胸に浮んだ。
 彼がいなくなって約一週間も経《た》ったと思う頃、一二丁|隔《へだた》ったある人の家から下女が使に来た。その人の庭にある池の中に犬の死骸《しがい》が浮いているから引き上げて頸輪《くびわ》を改ためて見ると、私の家の名前が彫《ほ》りつけてあったので、知らせに来たというのである。下女は「こちらで埋《う》めておきましょうか」と尋ねた。私はすぐ車夫《くるまや》をやって彼を引き取らせた。
 私は下女をわざわざ寄こしてくれた宅《うち》がどこにあるか知らなかった。ただ私の小供の時分から覚えている古い寺の傍《そば》だろうとばかり考えていた。それは山鹿素行《やまがそこう》の墓のある寺で、山門の手前に、旧幕時代の記念のように、古い榎《えのき》が一本立っているのが、私の書斎の北の縁から数多《あまた》の屋根を越してよく見えた。
 車夫は筵《むしろ》の中にヘクトーの死骸を包《くる》んで帰って来た。私はわざとそれに近づかなかった。白木《しらき》の小さい墓標を買って来《こ》さして、それへ「秋風の聞えぬ土に埋《う》めてやりぬ」という一句を書いた。私はそれを家《うち》のものに渡して、ヘクトーの眠っている土の上に建てさせた。彼の墓は猫の墓から東北《ひがしきた》に当って、ほぼ一間ばかり離れているが、私の書斎の、寒い日の照らない北側の縁に出て、硝子戸《ガラスど》のうちから、霜《しも》に荒された裏庭を覗《のぞ》くと、二つともよく見える。もう薄黒く朽《く》ちかけた猫のに比べると、ヘクトーのはまだ生々《なまなま》しく光っている。しかし間もなく二つとも同じ色に古びて、同じく人の眼につかなくなるだろう。

        六

 私はその女に前後四五回会った。
 始めて訪《たず》ねられた時私は留守《るす》であった。取次のものが紹介状を持って来るように注意したら、彼女は別にそんなものを貰う所がないといって帰って行ったそうである。
 それから一日ほど経《た》って、女は手紙で直接《じか》に私の都合を聞き合せに来た。その手紙の封筒から、私は女がつい眼と鼻の間に住んでいる事を知った。私はすぐ返事を書いて面会日を指定してやった。
 女は約束の時間を違《たが》えず来た。三《み》つ柏《かしわ》の紋《もん》のついた派出《はで》な色の縮緬《ちりめん》の羽織を着ているのが、一番先に私の眼に映った。女は私の書いたものをたいてい読んでいるらしかった。それで話は多くそちらの方面へばかり延びて行った。しかし自分の著作について初見《しょけん》の人から賛辞《さんじ》ばかり受けているのは、ありがたいようではなはだこそばゆいものである。実をいうと私は辟易《へきえき》した。
 一週間おいて女は再び来た。そうして私の作物《さくぶつ》をまた賞《ほ》めてくれた。けれども私の心はむしろそういう話題を避けたがっていた。三度目に来た時、女は何かに感激したものと見えて、袂《たもと》から手帛《ハンケチ》を出して、しきりに涙を拭《ぬぐ》った。そうして私に自分のこれまで経過して来た悲しい歴史を書いてくれないかと頼んだ。しかしその話を聴かない私には何という返事も与えられなかった。私は女に向って、よし書くにしたところで迷惑を感ずる人が出て来はしないかと訊《き》いて見た。女は存外|判然《はっきり》した口調で、実名《じつみょう》さえ出さなければ構わないと答えた。それで私はとにかく彼女の経歴を聴《き》くために、とくに時間を拵《こしら》えた。
 するとその日になって、女は私に会いたいという別の女の人を連れて来て、例の話はこの次に延ばして貰いたいと云った。私には固《もと》より彼女の違約を責める気はなかった。二人を相手に世間話をして別れた。
 彼女が最後に私の書斎に坐《すわ》ったのはその次の日の晩であった。彼女は自分の前に置かれた桐《きり》の手焙《てあぶり》の灰を、真鍮《しんちゅう》の火箸《ひばし》で突ッつきながら、悲しい身の上話を始める前、黙っている私にこう云った。
「この間は昂奮《こうふん》して私の事を書いていただきたいように申し上げましたが、それは止《や》めに致します。ただ先生に聞いていただくだけにしておきますから、どうかそのおつもりで……」
 私はそれに対してこう答えた。
「あなたの許諾を得ない以上は、たといどんなに書きたい事柄《ことがら》が出て来てもけっして書く気遣《きづかい》はありませんから御安心なさい」
 私が充分な保証を女に与えたので、女はそれではと云って、彼女の七八年前からの経歴を話し始めた。私は黙然《もくねん》として女の顔を見守っていた。しかし女は多く眼を伏せて火鉢《ひばち》の中ばかり眺めていた。そうして綺麗《きれい》な指で、真鍮の火箸を握っては、灰の中へ突き刺した。
 時々|腑《ふ》に落ちないところが出てくると、私は女に向って短かい質問をかけた。女は単簡《たんかん》にまた私の納得《なっとく》できるように答をした。しかしたいていは自分一人で口を利《き》いていたので、私はむしろ木像のようにじっとしているだけであった。
 やがて女の頬は熱《ほて》って赤くなった。白粉《おしろい》をつけていないせいか、その熱った頬の色が著るしく私の眼に着いた。俯向《うつむき》になっているので、たくさんある黒い髪の毛も自然私の注意を惹《ひ》く種になった。

        七

 女の告白は聴いている私を息苦しくしたくらいに悲痛を極《きわ》めたものであった。彼女は私に向ってこんな質問をかけた。――
「もし先生が小説を御書きになる場合には、その女の始末をどうなさいますか」
 私は返答に窮した。
「女の死ぬ方がいいと御思いになりますか、それとも生きているように御書きになりますか」
 私はどちらにでも書けると答えて、暗《あん》に女の気色《けしき》をうかがった。女はもっと判然した挨拶《あいさつ》を私から要求するように見えた。私は仕方なしにこう答えた。――
「生きるという事を人間の中心点として考えれば、そのままにしていて差支《さしつかえ》ないでしょう。しかし美くしいものや気高《けだか》いものを一義において人間を評価すれば、問題が違って来るかも知れません」
「先生はどちらを御択《おえら》びになりますか」
 私はまた躊躇《ちゅうちょ》した。黙って女のいう事を聞いているよりほかに仕方がなかった。
「私は今持っているこの美しい心持が、時間というもののためにだんだん薄れて行くのが怖《こわ》くってたまらないのです。この記憶が消えてしまって、ただ漫然と魂の抜殻《ぬけがら》のように生きている未来を想像すると、それが苦痛で苦痛で恐ろしくってたまらないのです」
 私は女が今広い世間《せかい》の中にたった一人立って、一寸《いっすん》も身動きのできない位置にいる事を知っていた。そうしてそれが私の力でどうする訳にも行かないほどに、せっぱつまった境遇である事も知っていた。私は手のつけようのない人の苦痛を傍観する位置に立たせられてじっとしていた。
 私は服薬の時間を計るため、客の前も憚《はば》からず常に袂時計《たもとどけい》を座蒲団《ざぶとん》の傍《わき》に置く癖《くせ》をもっていた。
「もう十一時だから御帰りなさい」と私はしまいに女に云った。女は厭《いや》な顔もせずに立ち上った。私はまた「夜が更《ふ》けたから送って行って上げましょう」と云って
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