ぐ私にこんな返事をした。
「そりゃ癒ったとは云われませんね。そう時々再発するようじゃ。まあもとの病気の継続なんでしょう」
 この継続という言葉を聞いた時、私は好い事を教えられたような気がした。それから以後は、「どうかこうか生きています」という挨拶《あいさつ》をやめて、「病気はまだ継続中です」と改ためた。そうしてその継続の意味を説明する場合には、必ず欧洲の大乱を引合《ひきあい》に出した。
「私はちょうど独乙《ドイツ》が聯合軍《れんごうぐん》と戦争をしているように、病気と戦争をしているのです。今こうやってあなたと対坐していられるのは、天下が太平になったからではないので、塹壕《ざんごう》の中《うち》に這入《はい》って、病気と睨《にら》めっくらをしているからです。私の身体《からだ》は乱世です。いつどんな変《へん》が起らないとも限りません」
 或人は私の説明を聞いて、面白そうにははと笑った。或人は黙っていた。また或人は気の毒らしい顔をした。
 客の帰ったあとで私はまた考えた。――継続中のものはおそらく私の病気ばかりではないだろう。私の説明を聞いて、笑談《じょうだん》だと思って笑う人、解らないで黙
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