で、どのくらいの月日を空《くう》に暮らしたものだろう、それを訊《き》かれるとまるで分らないが、何でも或夜こんな事があった。
 私がひとり座敷に寝ていると、枕元の所で小さな声を出して、しきりに私の名を呼ぶものがある。私は驚ろいて眼を覚《さ》ましたが、周囲《あたり》が真暗《まっくら》なので、誰がそこに蹲踞《うずくま》っているのか、ちょっと判断がつかなかった。けれども私は小供だからただじっとして先方の云う事だけを聞いていた。すると聞いているうちに、それが私の家《うち》の下女の声である事に気がついた。下女は暗い中で私に耳語《みみこすり》をするようにこういうのである。――
「あなたが御爺さん御婆さんだと思っていらっしゃる方は、本当はあなたの御父《おとっ》さんと御母《おっか》さんなのですよ。先刻《さっき》ね、おおかたそのせいであんなにこっちの宅《うち》が好なんだろう、妙なものだな、と云って二人で話していらしったのを私が聞いたから、そっとあなたに教えて上げるんですよ。誰にも話しちゃいけませんよ。よござんすか」
 私はその時ただ「誰にも云わないよ」と云ったぎりだったが、心の中《うち》では大変嬉しかった。そうしてその嬉しさは事実を教えてくれたからの嬉しさではなくって、単に下女が私に親切だったからの嬉しさであった。不思議にも私はそれほど嬉しく思った下女の名も顔もまるで忘れてしまった。覚えているのはただその人の親切だけである。

        三十

 私がこうして書斎に坐《すわ》っていると、来る人の多くが「もう御病気はすっかり御癒《おなお》りですか」と尋ねてくれる。私は何度も同じ質問を受けながら、何度も返答に躊躇《ちゅうちょ》した。そうしてその極《きょく》いつでも同じ言葉を繰《く》り返《かえ》すようになった。それは「ええまあどうかこうか生きています」という変な挨拶《あいさつ》に異《こと》ならなかった。
 どうかこうか生きている。――私はこの一句を久しい間使用した。しかし使用するごとに、何だか不穏当《ふおんとう》な心持がするので、自分でも実はやめられるならばと思って考えてみたが、私の健康状態を云い現わすべき適当な言葉は、他《た》にどうしても見つからなかった。
 ある日T君が来たから、この話をして、癒《なお》ったとも云えず、癒らないとも云えず、何と答えて好いか分らないと語ったら、T君はす
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