囲《かこい》をして、その中に庭木が少し植えてあった。三本の松は、見る影もなく枝を刈り込まれて、ほとんど畸形児《きけいじ》のようになっていたが、どこか見覚《みおぼえ》のあるような心持を私に起させた。昔《むか》し「影|参差《しんし》松三本の月夜かな」と咏《うた》ったのは、あるいはこの松の事ではなかったろうかと考えつつ、私はまた家に帰った。
二十四
「そんな所に生《お》い立《た》って、よく今日《こんにち》まで無事にすんだものですね」
「まあどうかこうか無事にやって来ました」
私達の使った無事という言葉は、男女《なんにょ》の間に起る恋の波瀾《はらん》がないという意味で、云わば情事の反対を指《さ》したようなものであるが、私の追窮心《ついきゅうしん》は簡単なこの一句の答で満足できなかった。
「よく人が云いますね、菓子屋へ奉公すると、いくら甘いものの好な男でも、菓子が厭《いや》になるって、御彼岸《おひがん》に御萩《おはぎ》などを拵《こしら》えているところを宅《うち》で見ていても分るじゃありませんか、拵えるものは、ただ御萩を御重《おじゅう》に詰めるだけで、もうげんなり[#「げんなり」に傍点]した顔をしているくらいだから。あなたの場合もそんな訳なんですか」
「そういう訳でもないようです。とにかく廿歳《はたち》少し過ぎまでは平気でいたのですから」
その人はある意味において好男子であった。
「たといあなたが平気でいても、相手が平気でいない場合がないとも限らないじゃありませんか。そんな時には、どうしたって誘《さそ》われがちになるのが当り前でしょう」
「今からふり返って見ると、なるほどこういう意味でああいう事をしたのだとか、あんな事を云ったのだとか、いろいろ思い当る事がないでもありません」
「じゃ全く気がつかずにいたのですね」
「まあそうです。それからこちらで気のついたのも一つありました。しかし私の心はどうしても、その相手に惹《ひ》きつけられる事ができなかったのです」
私はそれが話の終りかと思った。二人の前には正月の膳《ぜん》が据《す》えてあった。客は少しも酒を飲まないし、私もほとんど盃《さかずき》に手を触れなかったから、献酬《けんしゅう》というものは全くなかった。
「それだけで今日まで経過して来られたのですか」と私は吸物をすすりながら念のために訊《き》いて見た。す
前へ
次へ
全63ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング