そんな事はありません」と相手はすぐ答えた。あたかも私が今までその雑誌の特色を誤解していたごとくに。
「当り前の顔で構いませんなら載せていただいても宜《よろ》しゅうございます」
「いえそれで結構でございますから、どうぞ」
 私は相手と期日の約束をした上、電話を切った。
 中一日《なかいちにち》おいて打ち合せをした時間に、電話をかけた男が、綺麗《きれい》な洋服を着て写真機を携《たずさ》えて私の書斎に這入《はい》って来た。私はしばらくその人と彼の従事している雑誌について話をした。それから写真を二枚|撮《と》って貰った。一枚は机の前に坐っている平生の姿、一枚は寒い庭前《にわさき》の霜《しも》の上に立っている普通の態度であった。書斎は光線がよく透《とお》らないので、機械を据《す》えつけてからマグネシアを燃《も》した。その火の燃えるすぐ前に、彼は顔を半分ばかり私の方へ出して、「御約束ではございますが、少しどうか笑っていただけますまいか」と云った。私はその時突然|微《かす》かな滑稽《こっけい》を感じた。しかし同時に馬鹿な事をいう男だという気もした。私は「これで好いでしょう」と云ったなり先方の注文には取り合わなかった。彼が私を庭の木立《こだち》の前に立たして、レンズを私の方へ向けた時もまた前と同じような鄭寧《ていねい》な調子で、「御約束ではございますが、少しどうか……」と同じ言葉を繰《く》り返《かえ》した。私は前よりもなお笑う気になれなかった。
 それから四日ばかり経《た》つと、彼は郵便で私の写真を届けてくれた。しかしその写真はまさしく彼の注文通りに笑っていたのである。その時私は中《あて》が外《はず》れた人のように、しばらく自分の顔を見つめていた。私にはそれがどうしても手を入れて笑っているように拵《こしら》えたものとしか見えなかったからである。
 私は念のため家《うち》へ来る四五人のものにその写真を出して見せた。彼らはみんな私と同様に、どうも作って笑わせたものらしいという鑑定を下《くだ》した。
 私は生れてから今日《こんにち》までに、人の前で笑いたくもないのに笑って見せた経験が何度となくある。その偽《いつわ》りが今この写真師のために復讐《ふくしゅう》を受けたのかも知れない。
 彼は気味のよくない苦笑を洩《も》らしている私の写真を送ってくれたけれども、その写真を載せると云った雑誌はつ
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