ておいでだったそうですが、何か御用ですか」と聞いた。すると野々宮君は、少し気の毒そうな顔をして、
「なにじつはなんでもないですよ」と言った。三四郎はただ「はあ」と言った。
「それでわざわざ来てくれたんですか」
「なに、そういうわけでもありません」
「じつはお国のおっかさんがね、せがれがいろいろお世話になるからと言って、結構なものを送ってくださったから、ちょっとあなたにもお礼を言おうと思って……」
「はあ、そうですか。何か送ってきましたか」
「ええ赤い魚《さかな》の粕漬《かすづけ》なんですがね」
「じゃひめいち[#「ひめいち」に傍点]でしょう」
三四郎はつまらんものを送ったものだと思った。しかし野々宮君はかのひめいち[#「ひめいち」に傍点]についていろいろな事を質問した。三四郎は特に食う時の心得を説明した。粕ごと焼いて、いざ皿《さら》へうつすという時に、粕を取らないと味が抜けると言って教えてやった。
二人がひめいち[#「ひめいち」に傍点]について問答をしているうちに、日が暮れた。三四郎はもう帰ろうと思って挨拶《あいさつ》をしかけるところへ、どこからか電報が来た。野々宮君は封を切って、
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