り出た。
野々宮の家はすこぶる遠い。四、五日前|大久保《おおくぼ》へ越した。しかし電車を利用すれば、すぐに行かれる。なんでも停車場《ステーション》の近辺と聞いているから、捜すに不便はない。実をいうと三四郎はかの平野家行き以来とんだ失敗をしている。神田《かんだ》の高等商業学校へ行くつもりで、本郷四丁目から乗ったところが、乗り越して九段《くだん》まで来て、ついでに飯田橋《いいだばし》まで持ってゆかれて、そこでようやく外濠線《そとぼりせん》へ乗り換えて、御茶《おちゃ》の水《みず》から、神田橋へ出て、まだ悟らずに鎌倉河岸《かまくらがし》を数寄屋橋《すきやばし》の方へ向いて急いで行ったことがある。それより以来電車はとかくぶっそうな感じがしてならないのだが、甲武線《こうぶせん》は一筋《ひとすじ》だと、かねて聞いているから安心して乗った。
大久保の停車場を降りて、仲百人《なかひゃくにん》の通りを戸山《とやま》学校の方へ行かずに、踏切からすぐ横へ折れると、ほとんど三尺ばかりの細い道になる。それを爪先《つまさき》上がりにだらだらと上がると、まばらな孟宗藪《もうそうやぶ》がある。その藪の手前と先に一軒
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